2009年7月 7日 (火)

たなばたさま

「たなばたさま」 権藤花代、林柳波 作詞 下総皖一 作曲

笹の葉さらさら 軒端に揺れる
お星様きらきら 金銀砂子

五色の短冊 私が書いた
お星様きらきら 空から見てる

「のきば」と言っても最近では使われませんね

「砂子」は金箔銀箔です。

我が家の笹には多くの方から100を超える願い事の短冊が吊るしてあります。

願いがかないますよう、お焚きあげします。

2009年7月 4日 (土)

コインパーキング

コインパーキングの表示が400円で、

小銭が300円しかなく、1000円札を使おうとしたら1万円しかなく

1000円札以上は対応していない。近くで両替しようにも店がなく

離れた所のコンビニで買い物してパーキングに戻ったら500円に上がっていた。

100円返せ!

以前、都内のコインパーキングで200円だか300円を表示していたので

500円玉を入れたら何とお釣りの返却口がない!

小さな字で「お釣りは出ません」と書いてある

しかも500円入れたのは隣の車の料金箱で

隣からニュ~ンと車止めが下がる音がするし・・500円返せ!

こんなことはまだマシで

私の知り合いがお札対応していないコインパーキングで

小銭がなかったので、すぐ近くの自動販売機で飲み物を買った。1000円札で。

飲み物がガタンと出たあと、お釣り返却の音が延延とするではないか

そう、約900円のお釣りが全て10円玉で返ってきたのである。

もちろんパーキングでは使えないし。

その光景を横で見ていて、たいそう気の毒に思いました。

2009年6月27日 (土)

トシですね

車で、歩道のない狭い道を通った時、

幼い兄弟、小学校低学年と4,5才くらいでしょうか

ピタッと道の横の壁にくっつくように止まり

お兄ちゃんが手で弟クンをかばうように制しているのですね。

その姿にぐぐっと涙がこみ上げるなんて、トシですね。

車を降りて頭をなでまわしたくなる衝動に駆られました。

きみたち、このまま大きくなるんだよ

勉強なんてできなくていいからね

偉くなんかならなくていいからね

トシですかね。

2009年6月12日 (金)

ごま饅頭

楽屋弁当で少し上等な中華弁当には、ごま饅頭が入っている。

しかもエビチリや豚角煮の横のスペースにおかずのような状況で。

これを肉団子か何かと勘違いして一口食べてしまうのです。

ごはんのおかずとして。

すぐにもっちりした食感とアンコで、「うわっ饅頭だ」と気づき

一口だけかじった後は残すのだが、

はじめからデザートのつもりで食べれば全部食べたかも知れないのに、ややこしい。

私のように一口かじって、三日月型に残した弁当箱が何と多いことか

醤油までつけてるのもあるし・・

2009年6月 2日 (火)

生まれてくれてありがとう

愛弟子に男児誕生!です。

エンゲルコーアhttp://homepage2.nifty.com/engelchor/の福井です。

高校に入学同時に合唱部に入部してきました。ポワっとした子でしたが

根性は人一倍あり、当時オペラ「ヘンゼルとグレーテル」のグレーテルを

かわいらしく、たくましく、踊りながら全幕歌いました。2時間半。

稽古中勢い余って転んで、歯を折りました。

いったいどうやったら合格できるのかわからない超難関の

千葉大教育学部音楽に一発で合格し、本格的に歌を勉強し

大学院終了後も高校時代の仲間とアンサンブルを組んで

日本一にまで上りつめた優れものです。

エンゲルコーアという天使の歌声、どこまでも透き通った

声楽アンサンブルの極みです。泣き虫でしたが。

命がけの出産だったみたいです。

命をかけることは幸せなことですね。

ウチの子の、15年前を思い出しました。ちょうど6月です。

五体満足に生まれてくれたら何もいりません

と、当時は祈るような思いでした。

しかし、育つにつれ親の欲がつのり

今では、少しでもマトモな高校に受かりますように、などと贅沢ですね。

元気でいれば幸せと思いましょう。初心に帰りました。

しかし、生まれてくれてありがとう。

2009年5月29日 (金)

ほろほろと

ほろほろとなく山どりのこゑきけばちちかとぞおもふ母かとぞおもふ

奈良時代の高僧、行基(ぎょうき)の詩に

成田為三がカノン形式の曲をつけた合唱曲です。

もとの詩は、「山どりのほろほろとなくこゑきけばちちかとぞおもふ母かとぞおもふ」

日本人の自然観を表した、心にしみる歌です。

この歌に出会ったのは20年ほど前、秋田を旅していたときでした。

上野から夜行に乗り、朝早く奥羽本線の鷹巣という駅で降り

秋田内陸線に乗りました。山奥の秘境です。

偶然にもこの秘境で成田為三記念館を知ったのです。

そこは成田為三の生まれ故郷だったのです。

記念館は近代的な建物で、録音による多くの作品を聴くことが出来ました。

その中で胸を貫いた曲が「ほろほろと」でした。地元の児童合唱による録音です。

さて、この曲の楽譜を求めて東京中さまよいました。ないのです。

秋田の記念館に電話してもさっぱりでした。

成田為三は母校の東京音大に勤めていたことがあり、もしやと思い

母校の図書館を訪ねると、あったあった、全集が。

全集は非売品で、世の中に出回っていないのです。

なのでこの曲は、実際なかなか聴くことが出来ない曲です。

少しでもこの曲の独特な哀愁を知ってもらいたく、ことあるごとに披露していますが

その都度聴衆に心に響き、「あの曲は?」という問い合わせがあります。

2009年5月23日 (土)

浜辺の歌

浜辺の歌

1.
あした浜辺を さまよえば
昔のことぞ 忍ばるる
風の音よ 雲のさまよ
寄する波も 貝の色も

2.
ゆうべ浜辺を もとおれば
昔の人ぞ 忍ばるる
寄する波よ 返す波よ
月の色も 星の影も

3.
はやちたちまち 波を吹き
赤裳(あかも)のすそぞ ぬれもせじ
やみし我は すでにいえて
浜辺の真砂(まなご) まなごいまは

大正2年に生まれた、我が国を代表する成田為三の歌曲です。

「浜辺の歌」を語るには一度にはとうてい無理です。

まず、林 古溪の詩についてですが、現在3番が歌われることがほとんどありません。

私も3番は歌わないことにしています。

大きな理由は、詩人自身が3番を歌われることを好まなかったのです。

最近の研究では、もともと4番まであった歌が

3番歌詞の前半(2行目まで)と4番歌詞の後半(現3番歌詞の3行目以降)を

つなぎ合わせて3番の歌詞として出版されたいきさつがあるのです。

今ではとても考えられないことですが、

これには作詩者も不愉快に思ったのです。

その失われた歌詞はいまだに不明です。

また、1番の「風の音よ」は原詩では「風よ音よ」になっています。

2009年5月21日 (木)

我は海の子

我は海の子

我は海の子、白波の
さわぐいそべの松原に、
煙たなびくとまやこそ、
我がなつかしき住家なれ。

生まれて潮にゆあみして、
波を子守の歌と聞き、
千里寄せくる海の氣を
吸ひてわらべとなりにけり。 

高く鼻つくいその香に、
不斷の花のかをりあり。
なぎさの松に吹く風を、
いみじき樂と我は聞く。 

丈餘のろかい操りて、
行手定めぬ波まくら、
百尋(ももひろ)・千尋(ちひろ)海の底、
遊びなれたる庭廣し。 

幾年こゝにきたへたる
鐵より堅き腕(かいな)あり。
吹く潮風に黑みたる
はだは赤銅さながらに。 

波にたゞよふ氷山も、
來らば夾れ、恐れんや。
海卷き上ぐる龍巻も、
起らば起れ、驚かじ。 

いで、大船を乘出して、
我は拾はん、海の富。
いで、軍艦に乘組みて、
我は護らん、海の國。

明治43年文部省唱歌です。

敗戦後は軍国色が強い理由で歌われなくなった時期もありました。

特に7番がそれです。

今でも4番以降はまず歌われません。

軍国色が強いかどうか別にして、1番から順に読んでいくと

海辺の「とまや」(粗末な家)に育った少年が

たくましく成長し、やがて国を背負う青年に成長する姿が感じられます。

2009年5月20日 (水)

夏は来ぬ

夏は来ぬ

(う)の花の、匂う垣根に
時鳥(ほととぎす)
、早も来鳴きて
忍音(しのびね)もらす、夏は来ぬ

さみだれ
の、そそぐ山田に
早乙女(さおとめ)が、裳裾(もすそ)ぬらして
玉苗(たまなえ)植うる、夏は来ぬ

(たちばな)
の、薫るのきばの
窓近く、蛍飛びかい
おこたり諌(いさ)むる、夏は来ぬ

(おうち)
ちる、川べの宿の
(かど)遠く、水鶏(くいな)声して
夕月すずしき、夏は来ぬ

五月(さつき)やみ、蛍飛びかい
水鶏(くいな)鳴き、卯の花咲きて
早苗(さなえ)植えわたす、夏は来ぬ

第1節

卯の花はウツギの白い花、忍音=ホトトギスの鳴き始めの声
万葉集では卯の花とホトトギスは夏の到来を意味します。

第2節

栄華物語(平安時代)の「五月雨に 裳裾濡らして植うる田を 君が千歳のみまくさにせむ

から来ています。

原詩では早乙女が賤の女(しずのめ)(身分の低い女)となっていました。

玉苗は苗を美しく表現した呼び方です。早苗も同じく。

第3節

「橘」はみかんや柑橘類です。
「おこたり諫むる」は、怠けてはいけませんよと忠告すること。

「蛍の光」の歌詞のように、蛍の光で勉強しなさいと言っているのでしょう。

4節

「楝」はセンダン科の落葉樹、 「宿」はここでは家の意味。
「水鶏」はクイナ科の夏鳥の総称。夜行性なので、夕暮れの夏の様子を表しているのでしょう。

第5節

これまでの歌詞がこれでもかと出てきます。総集編。

作詞の佐佐木信綱は古典の研究家でした。この詩を読めば納得できるでしょう。

私はこの美しい旋律が好きです。ただ、明らかに歌詞が後から付けられています。

第1節の「かきね」からして言葉のイントネーションが逆です。

2009年4月 1日 (水)

辻音楽師

「冬の旅」第二十四曲「辻音楽師」

Mystical_snow_flickrman 終曲に来て初めて自分以外の人間が登場する。

辻音楽師、いわゆる大道芸人で現代でもヨーロッパの旧市街ではパフォーマンスを見せてくれるが

ここに登場する老人は誰にも相手にされない、お金もない、犬に吠えられる

訳詩を読めばいかに惨めな大道芸人かがわかるであろう。

ピアノパートは常に無感動にライエル(手まわしオルガン)の音を奏でる。

誰も見向きもしない、自分よりも惨めな老人をじっと眺め

蔑んでいるのである。

ところが老人は一切を成り行きに任せ、ライエルを弾き続ける。

あるところから、蔑んでいた老人から「無の境地」あるいは「悟りの境地」を感じる。

そして若者はこの老人に従うことを望むのである。

冬の旅の最後はこのように締めくくる。

これは若者が老人に弟子入りして大道芸人になるわけではなく

世捨て人の到達点がこの老人と同じ「悟り」であると締めくくったのではないだろうか?

そう考えればこの曲は実は最も希望に満ちた曲で

若者の、一回り大きな人間としての新たな旅立ちとも思える。

ただ、「辻音楽師」ではそこまで言及していない。

24       辻音楽師

むこうの村はずれに

一人の音楽師が立っている

そしてこごえた指で

力の限りライエルをまわしている

氷の上を素足であちこちよろめき

小さな皿はいつも空っぽのままだ

誰も聞こうとしないし

誰も見ようともしない

犬だけが老人のまわりで

吠えたてている

だが老人はいっさい構わず

ライエルをまわし続け

その音は絶えることがない

不思議な老人よ

ぼくもおまえといっしょにゆこうか

そしてぼくの歌に合わせて

おまえのライエルを

奏でてみてはくれまいか

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